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ゴーストライターたち

まずは、こちらをお読みください〜。

立川談笑、らくご「虎の穴」『アルバイト』

 

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1、

 

(1)

洗脳を解く「洗脳解除アドバイザー」

 

 世の中、うっかりしていると洗脳されてしまいそうな事柄があふれている。片付けこそステキな人生とうたう「断捨離」しかり、部下を上手にコントロールする「できる上司」神話に、保育園に入れるためには妊娠時期からコントロールする「保活」、コラーゲンでアンチエイジングなど、さまざまな縛りや提案は、言ってみれば洗脳である。

 私って流されやすいし、いろんな本を読んだりセミナーに参加して実践してみるけどどうもうまくいかなくてモヤモヤ……。そんな人をいろんな縛りから解放させるのが「洗脳解除アドバイザー」の仕事。たまたま、フロムAで募集しているのを見つけてバイトに応募したのがきっかけ。

 仕事内容は、「あなたのその生き方、考えは洗脳されてるんですよ。自分の考えで行動していいんですよ」と気づかる。そして洗脳を解いていく。仕上げは、「いやいや、もっと自由に好きにしていいんですよ」と、アドバイス。そう、洗脳解除アドバイザーの仕事は、洗脳を解いてこちら側の考えに洗脳しちゃうこと。

 しかし、これで終わったらバイトは成立しない。そこで、次に行うのが不安を煽ること。「そんなに自由にしていて大丈夫? 太っちゃうよ~、シミが目立ってなんか老けて見えるけど~。え? 老後はそれで大丈夫? 部下がついてきてないんじゃない?」 などと不安を煽って、不安を解消しないといけないんじゃないかという洗脳をする。洗脳したら、また「いや、大丈夫!」といって洗脳解除。そうしたらまた「え? 大丈夫なの?」と不安を煽って洗脳。このループをキープしつづけると、どんどん時給もアップして、結構稼ぐことができた。

 このバイトの経験を活かして、そのうち「教祖さま」をやってみようと思っている。

 

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(2)

ザ・プロさん

 

 専門職に欠員ができてしまった時の、代打的なバイトでした。たとえば、パイロットがアルコール検査でひっかかってしまった時が私の出番。旅客機を操縦してお客様を無事に目的地までお連れする。

 またある時は、総理大臣がお腹が痛くて辞任したいという信じられないことが起きて、私が駆り出されたことも。そんなときでも、きちんと総理大臣をこなすのがバイト内容でした。

 印象に残っているのは、ロケット組み立てに使う部品の研磨。工場の社長さんが阿部寛似で、なんやかんや難題や困難に直面したんですけど、結局私が研磨した部品が納入されてロケットの一部として宇宙に行ったなあ。

 つまり、その筋のプロの代打を行うのが業務内容で、「ザ・プロさん」と呼ばれていました。世間ではほとんど知られていない「ザ・プロさん」ですが、とてもやりがいのあったアルバイトで、いまでも当時の仲間とはよい付き合いがあります。元来器用だったので、私には合っていたバイトだったと思います。

 

 

2、

 

 僕は、人生で数回だけアルバイトをしたことがある。

 最初は、噺家になることを決意して東京に出てくる際の資金集めとして。その後の数回は、都内に出てきてからである。

 前座時代というものは、今時の苦学生よりもずっとお金のない生活を強いられる。ある程度の貯金をしてから出てきたは良いものの、一人暮らしはやはり何かと入り用だった。だから、少しでも生活を楽にするためと、割のいいアルバイトを探したのがきっかけだった。

 知人のツテからお声がかかったのは、結婚式の代理出席、という変わったバイトだった。

 

「人羅君、僕と背恰好が大体一緒やな」

 

 依頼主の望月さんはそう言ってレンズの厚そうな眼鏡越しに僕を眺めた。僕は、この、背恰好だけは似ているが、顔は似ても似つかない望月さんに成りきれる自信が無かった。しかし、どうしても外せない仕事があるが、どうしても義理としてでなければいけない結婚式だと言われれば断れなかった。

 

「バレへんバレへん。とりあえず眼鏡だけかけてってな?」

 

 その望月さんのアドバイス通り、なるべく望月さんがかけていた眼鏡に似たものを購入し普段は全く着ないスーツを着込み指定された結婚式場へ。

 驚くことに、これが全くバレないのである。もっともらしい顔で新郎を祝福すれば、新郎は「遠いところありがとう」と僕の肩を叩いた。同じテーブルに座る仲間らしき人たちも「見ないうちに貫録出たヤん?」なんて冗談を言ってきたりした。僕は内心、緊張しっぱなしであった。望月さんが元々関西人なのは良かったが、細かいことを言えば望月さんはどうやら大阪の人らしい。ハッキリ言って大阪弁と京都弁は全く違う。時々素が出てしないように考えながら話すのは、ある意味、高座に近い緊張感があった。

 結局、最後などは見も知らない新郎に熱い握手をされ、更に見も知らない新郎のご両親にまで「そちらのご両親もいつまでもお元気で」なんて声までかけられて終わった。どうやら望月さんのアイデンティティはその特徴的な眼鏡と、長身、それから関西弁ぐらいらしかった。

 たった3時間強の出来事だったが、僕は大変疲れた。もちろん、二次会も誘われたが丁重にお断りし、その日のうちに望月さんに連絡した。

 

「二次会出てくれたらもう1万はろうたんに」

 

 本気なのか冗談なのかそんなことを言った望月さんは、バイト代として僕に1万と投げ銭を少しだけ払ってくれた。3時間でそれだけ貰えればボロ儲けとも思えなくもないが、出来ればもう二度とやりたくないと思った。

 しかし残念ながら望月さんとのご縁はそこでは終わらなかったのである。

 僕が、自分自身でもそんなアルバイトをやったことさえ忘れかけた頃。知らない番号から電話がかかってきた。不審な電話は基本的に出ない主義だ。用事があるなら留守電にメッセージを残すだろうと無視していたら、聞き覚えのある声でメッセージが入れられた。

 

「人羅君の番号でおうとる? 望月です。またバイト頼みたいんやけど」

 

 嫌だと思ったが、最初に仲介してくれた知人からわざわざ番号を訊いたのだと言われてしまえば話を聞かないわけにもいかない。

 

「この前の結婚式でな、君の隣に座っとったデブおるやろ? あれが今度は結婚すんねんて」

 

 確かに、あの時左隣で1.5人分くらいの幅を取っていた男がいた。大人しい印象だったが、隣に座ってしまった。しかも、周りの人間の話を聞いていたところ、どうやら彼と望月さんは結構仲が良かったらしい。しかし、それでも彼は僕を完全に望月さんだと思い込んでいた。

 

「今回な、出席するだけちゃうくて、受付っちゅーもんも頼まれとんねん」

 

 もちろん出席のアルバイト1万円に受付業務のオプション料として4000円ほど付ける、と言ったうえで、望月さんは「今回もちょっと色付けたるから」なんて誘惑してきた。

 それは大変、甘い囁きだった。もちろん僕は、その誘惑に負けて2回目の望月さん代理をする羽目になる。

 不思議なことに、今回の受付業務付き代理出席もバレないのだ。誰一人として疑問に持たず、むしろ「久しぶり。連絡先教えろよ」などと言われて慌てふためいてしまうくらいだった。2度あることは3度ある。いや、むしろ、受付なんて目立つことをしてしまったので、それから立て続けに5回ほど代理出席をすることになった。

 その中の1回は都内でなく、大阪だった。どう考えても本物の望月さんの方が会場が近い。にもかかわらず、僕が代理で出席した。その頃の僕はもうすっかり望月さんとして振舞うのが板についてしまっていて、僕が出ないわけにはいかないらしかった。もちろん、その頃は式から2次会までフルに出て、しかも、一度はスピーチなどしてしまっていた。

 ある時、望月さんから電話がかかってきて、呟いた。

 

 「もう、きみが望月でええんちゃうかな? 君は、もう、望月として生きるべきやわ」

 

 それを最後に、僕は望月さんと会うことが出来ていない。

 

 

3、

 

 僕は落語家になる前にいろんな経験をしておきたいし、前座になってからではアルバイトの暇もないかと思い、片っ端からいろんなところで働いてみることにした。
 今日はその頃の話をしようと思う。

 宅配寿司屋のバイトに受かった。僕は車の免許は持っていない。
 何をするのかといえば、何でも屋である。皿洗いはもちろんのこと、調理にも携わる。

 ワサビの作り置きを準備したり、かんぴょう巻きなどの巻物やいなり寿司を作ったり、一口大のシャリ製造機がウィンウィンいうのをぼーっと眺めたり、緑のバランでガリをくるっと巻いたりする。

 一番難しかったのは、最後に寿司の並んだ深皿の上にラップを引いて、しょうゆ、ワサビ、割りばしを載せて、またラップをひいて、皿を完成させる事だ。
 ドライバーが届けるまでラップが破けないように綺麗に張るのは意外と難しい。

 やっとラップも破らず張れるようになってきたところで、店長に「かっぱ巻きの仕入れに行こうか」と言われた。

営業終わったら汚れてもいい服で長靴履いて12時に店に集合な。

 どうやら、かっぱ巻きの仕込みは早朝ではないらしい。
 時間外労働じゃないかとも思ったが、まかないで好きなものを食べさせてくれるというのでついていくことに決めた。
 うちの裏メニューのトロたく巻きは絶品なのだ。マグロの中落のとろける感じと刻んだたくあんのパリポリという歯ごたえを想像するとよだれが出てくる。

 深夜0時、店の前で待っていた軽トラックに乗り込んだ。

「着いたぞ」

 

 夜遅くということもあって僕はぐっすり寝てしまった。どこかは分からないけど多分東京ではなさそうだ。人の気配はない。
 懐中電灯をつける店長の後ろから付いていく。雑木林をかき分けながら道なき道を進んでいく。川が広がっているところに出た。

 店長が懐中電灯をパッパッパッパとつけたり消したりしている。
 そこにぬっと現れた僕らより長身の男。スラッとしているが、手足はやたら大きい。
 今度は店長と一緒にその人についていく。

 その人はよく見ると頭のてっぺんが平面的に広がっている。
 口元は立体的。もしかしなくてもかっぱだ。

 さっきまでの静けさとは打って変わって騒々しい。そこは市場になっていた。

 寿司職人らしき人達は手を挙げ、怒号が飛んでいる。
 きゅうりをもって構えているかっぱ達と、何やらカウントしているかっぱ。水かきが邪魔をしていて果たして本当に数えられているのか心配になる。

「ウエッジウッド」「ティファニー」「ノリタケ」「マイセン」「九谷焼」「有田焼」「ダイソー」「セリア」「ニトリ」

「平皿」「小皿」「しょうゆ皿」「取り分け皿」「お盆」「お茶碗」「サラダボウル」「せいろ」

 何やらブランド名と皿の種類が叫ばれている。

 店長が一人の河童に近づいて話しかける。
 かっぱは腕組みしながら考え込んでいる。水かきが腕からはみ出していて、すごく考えづらそうだ。

 かっぱ達の主食とするきゅうりは自給自足で栽培できるが、皿を作ることはできない。

 そのため、いつからか、きゅうりと皿の物々交換は始まったらしい。

 清流の水を使って丹精込めて栽培されたきゅうりと、種類豊富な皿の数々。お互win⁻winの関係のようだ。
 世間では河童は妖怪だなんて言われているが、強奪するわけでもなくきちんと対価を支払っているし、優しい生き物なのかもしれない。

 かっぱの皿は日中ずっと太陽にさらされるため老朽化が激しく、皿の交換は必要不可欠だそうだ。
 安い皿は1day~2week、まあまあの物は1month 、高級皿は1年~2年保つ。
 平皿は標準体型、しょうゆ皿は赤ちゃん用、ふくよかな成人男性にはサラダボウル。
 というように体型や年齢によって皿の種類は異なる。ティファニーなんかは女子ウケがいい。
 そういえばさっき、「せいろ」と聞こえてきたけど、ほぼ間違いなく水漏れする。
 今はよくても後々かっぱの逆鱗に触れて尻子玉を抜かれるんじゃなかろうか。うーん、やっぱり少し怖い。

 ダイソーやセリアの百円均一の皿は使い捨てのため、沢山きゅうりを買おうとすると段ボール20箱分くらいの凄まじい大荷物になる。そのため店長は高級皿を持ってくることにしているらしい。
 今回はきゅうり214本につき、有田焼の小皿1枚で交渉が成立した。
 ちょっと買いたたかれているような気もするが、小皿は水がすぐ乾くし子供用なので相場通りなのだろう。

 うちのかっぱ巻きは水々しくて、スーパー等の市販のものがしなびているのには合点がいった。

 そんなわけで僕の好きなメニューはトロたく巻きとかっぱ巻きになった。

 

 梅雨入りした割に今年はもうすでに暑いから皿の水も乾きやすいだろうなあ。
 最近よくあるゲリラ豪雨に遭遇すると、僕はとても安心する。かっぱ達は元気にしているだろうか。

 

 

4、

 

 あのう・・・閏秒って知ってます?
 閏年の秒バージョンですよ。
 閏年は地球の公転がきっかり365日じゃなくて、そのずれが4年で一日分ぐらいになるので2月に一日足してそのずれを調節してるらしいんですがね・・・
 地球の自転もきっかり24時間じゃないらしくて、ずれてきたら一秒足したり減らすたりして調節するんですよ。
 ただ厄介なのが閏年の公転の時と違って何年にいっぺんって決まって出来なくて
 ずれてるなってなったらたすんですよ。
 なんでずれてきたかどうかを見張ってなきゃいけないからそれをずっと見てるって言うバイトをしたことがありまして・・・
 ちなみに一番最近閏秒を足したのっていつだか知ってます?
 2016年から2017年に変わる1月1日にたしてるんですよ・
 え・・!?俺聞いてないよ?
 そうなんですあんまりニュースにもならないんですよ
 (一応ちゃんと発表はされてますがね)
 たった一秒ですしね
 今は電波時計とかスマホなんかも勝手に時刻調節しちゃうのでだーーーれも気にしないんですよ。
 ただそれでもずれは起きてるしずれをそのままには出来ないのでずーーっと
 見てなきゃいけなくなるわけですよ
 そんなバイトをしていた時の話です・・・
 ま、基本普段は地球の自転にずれが生じていないかただただ見張ってるだけなので
 暇との(睡魔との)戦いなんです。
 ただ、っを・・ずれてきたな  そろそろ一秒足さなきゃなってなってくると俄然職場が色めき立ってくるわけですよ
 何時にしようか?   みたいな感じで・・・
 全世界の関連企業と連絡を取り合って最終的に何時にするかを決めるわけです。
 そしてそれが決まると今度は・・・例えば日本を例にとると、
 日本は標準時間に対して9時間ずれているので8時59分59秒の後に8時59分60秒を入れて9時00分00秒になって成功なんですが、59秒と00秒の間に60秒を入れるボタンがあってそれを59秒の後に押さなきゃいけなくって・・・成功した瞬間なんてそらもう歓喜の渦なんですよ。
 その日の晩の打ち上げはまあ盛り上がりますね。
 あんな心躍る体験は我がいろいろなバイト経験の中でも一番でしょうね!
5、

 僕は学生の頃、実家の近所の個人塾でアルバイトをしていた。小学生の算数から高校生の数学までクラスを持っており、幅広い年齢層に教えていた。子どもたちの「わかった!」とひらめいた時の表情が何より好きだった。そういう瞬間にやりがいを感じていた。今でも転職するなら先生が向いていると思っている。そんな個人塾で夏休みにちょっとした事件が起こったことを書きたいと思う。もし、このコラムの読者の中に僕の元教え子がいたらちょっと恥ずかしいけど。

 夏休み中、個人塾でも夏期講習を行っていた。僕は集団クラス(10人~30人)と、個別指導の両方の授業を持っていて、週4回は出勤していた。アルバイトじゃなくて、社員くらいの業務量だったと思う。8月20日にその事件は起こった。その日、夏期講習の成果を試すべく、外部で行われる模擬テストを受けた僕の生徒(中学生3人)が、ものすごい勢いで塾にいた僕に駆け寄ってきた。ちょうど昼休憩だったので、危うく食べかけのコロッケパンを落としそうになった。彼らは僕に口々にこう言った。

 

「先生!模擬テスト受けてきたんですけど、先生がテストに出るぞって言った問題ばかりテストに出た!超すごい!結果が楽しみ!」

 

 過去問などを調べて授業を構成していたし、こういうことはあるだろうなと予想はしていたので、それほど驚きはしなかった。この時は。

 新学期が始まり、生徒は塾ではなく学校に通うので、僕の昼のシフトはなくなり、夕方~夜のみになった。まず4時頃、小学3年生~5年生の子たちが順番に来るので、個別指導を行う。夏期講習中に脱落せず新学期まで塾通いを続ける子たちなので、みんな真面目で意欲的だ。最初に来た3年生の男の子が僕の顔を見るなり飛びついて、「せんせー!この前の算数のテスト100点だったー!」と言ってきた。夏期講習も頑張っていた子だったので、その子の実力がアップしたのだなと嬉しくなった。その子は夏期講習のクラス分けテストでは30人中28番目の成績だったから、この子の努力は相当のものだったと思う。さらに僕の教え方も相当よかったのだ。次に来たのは5年生の女の子で「今日算数の抜き打ちテストがあったんだけど、初めて満点取りました」と嬉しそうに報告してきた。それから来る生徒来る生徒みんな算数の成績が上がった!と報告してきた。これは少し異常な光景だった。1人2人なら偶然だと思う。しかし、小学生~高校生まで軒並み僕の授業を受けた生徒の算数、数学の成績が良くなっている。これが評判となり、遠方からも生徒が来るようになった。「人羅先生っていう学生さんの授業を受けると算数や数学が苦手な子でも必ず100点が取れる」という噂は京都市内外に広がった。(これはちょっと言いすぎた)とにかく僕の授業の人気は凄まじく、僕は完全に社員と化していた。アルバイトの給料以上確実にもらっていた。僕はただ自分の好きな算数の世界をみんなにも面白いと思ってもらいたくて、できるだけわかりやすく説明していただけなのに、噂は尾ひれをつけて益々広がった。

 夏が終わり秋に入る頃、また事件が起こった。僕の授業を受けた生徒の国語の成績がみるみる下がりだしたのだ。理由は1つには絞れないだろう。算数や数学が楽しくなるあまり国語を勉強しなくなったのもあるだろう。高校入試を控えている中学3年生はこういう噂やジンクスに敏感だ。つまり、「人羅先生の授業を受けると数学は満点取れるけど、国語は一気に下がるぞ」などというマイナスな噂が広まったのだ。それどころが、60分まるまる人羅先生の授業を聞いたら数学100点、国語0点になるから、30分だけ聞いてあとは中抜けして国語のクラスに途中から入れば両方最低50点は取れるよ、などの変な手法を取り入れる生徒が出始めた。これは心外だった。僕が国語ができないとでも?冗談じゃない。昔から小説を読むのが好きだし、作者の心情を読み取れなどのおかしな設問だって答えるのは得意だ。これは非常事態だ。そう考えた僕は算数、数学の授業に国語的表現を取り入れることにした。問題文を小説のようにしたり、話し言葉のようにしたり、問題を作った作者の心情を考えたりなど試行錯誤をして60分で算数も国語も満点が取れるようなカリキュラムを構築した。

 年が明けて受験本番シーズンになると、僕の授業を受けると国語の成績が下がるなどの風評被害は消え、また生徒が押し寄せる人気講師になった。ちょうどその頃自分の進路についても考え始めていた。このまま人気塾講師として社員になり、テレビに出たりして稼ぐのもいいけど、本当に自分がやりたいことって何だろう。先生の仕事は向いていると思うし、やりがいもあるから学校の先生もいいな。両方できる職業ってないのかな。文部科学省が定めた教科書や試験を研究して試験対策を作ってそれを生徒に教えれば、生徒たちの成績は上がるし、微力ながらも日本の未来を創る若者の育成に貢献できるだろうけど、それが生涯で成し遂げたいことかな。いや、たぶん既存の問題を研究するより、自分で問題を作る方が好きだな。などと紆余曲折しているうちに落語家になった。

 僕の同時に算数も国語も勉強できるカリキュラムを体験したい方がいらっしゃいましたら、ぜひ独演会にお越し下さい。「台本問題」など実演します。

6、

 20代の頃

 絵を描く事が好きだった僕は

 知人の紹介で彫り師のアルバイトをする事になった。

 彫り師といっても手彫りは技術と経験がものを言うので

 僕は電動のタトゥーマシーンというヤツで人の身体に彫っていく。

 こんな素人が!いきなり本番!

 と思いきや、彫り師から自分の身体に先ずは練習をと言われた。

 そんな、親から貰ったこの身体にと思っていたら、彫り師見習いみたいなお弟子さんが自分じゃ届かないところを 僕に彫ってくれと。

 そいつを練習台にしてコツを掴めと言う彫り師の計らいだった。

 いくつかの練習で実際に彫っていくうちにコツも掴めて、楽しくなってきた。

 いよいよ本番!

 お客が来て、どんなモチーフをどこの部分に入れたいか、配色等を打ち合わせていく。

 大体は肩や腕、胸元や背中が多い

 モチーフは

 日本人なら人気が高いのは

 龍、虎、蛇

 ロックミュージシャンや

 薔薇、梵字、トライバルなんかも

 リクエストが多い。

 驚いたのは

 日本人よりも

 外国人のお客さんが多い事だ

 確かにタトゥーといっても刺青は刺青日本人の持つ刺青の概念からすれば抵抗があるのは当たり前、かえって外国人の方がカジュアルにファッション感覚なのだろう。

 外国人客の多くは

 旅行で日本へ来た観光客

 刺青のリクエストはほとんどが

 漢字。

 愛、絆、友、恵等

 漢字一文字が人気だ。

 外国人からすれば

 日本の文化や芸術へのりすぺくとが

 あり、そんな日本の漢字のタトゥーを入る事は彼等にとって、大変光栄な事なのかも知れない。

 店にはそんな外国人客用に

 漢字モチーフの図案集があり

 それを見せて、客が選び彫っていく。

 中には漢字モチーフ集には無い漢字や言葉を要求する客も増えて来た。

 みなさんも街で、可笑しな言葉や漢字のタトゥーを入れた外国人を見かけた事があるんじゃないでしょうか。

 オリジナリティを追求するあまり

 エスカレートした結果

 これまで僕が外国人の身体に彫った

 可笑しな刺青は

 首の後ろに家具

 腕に家電

 ふくらはぎに東芝

 脇腹に富士山

 腕の内側に芸者

 手の甲に寿司

 腕に天麩羅その反対側の腕に定食

 胸に魔

 背中に亀

 腕に脱原発

 腕に野晒し

 手首に外国人

 腰に殿様

 腕に忍者

 背中に芝浜 

 腕におーいお茶

 腕の内側に覚醒剤

 腕に交番

 足首に遅刻

 右手に右手

 左手に左手

 背中に鯉のぼり

 首の後ろにかわいい等

 肩に肩こりを彫った事もある

 ひたいに肉は、さすがにできなかった。

 一番忘れがたいのは

 マッチョでアフロの黒人がやってきて

 日本の漢字で一番クレージーでファンキーな漢字をリクエストされた時の事だ。

 漢字で一番クレージーでファンキー?

 いったい何んだろうと一瞬考えたが

 考えるか思い出すかのほぼ同じタイミングでパッと出た漢字があった。

 僕はグレイト、ベリーナイス等の

 カタコトの英語を話しながら彫っていった。

 数分して出来上がったその黒人の太い二の腕に縦書きで「立川流家元 立川談志」とデカデカと彫ってやった。

 後から意味を聞かれた僕は

 最高にクレージーでファンキーでイリュージョンだと伝えると

 大喜びでその黒人は帰っていった。

 黒人の皮膚に彫っているので、刺青の立川談志は

 薄っすらと、よく見ると分かる程度だったが、なんだか今の立川流の存在と、どこか似ていて面白い。

 薄っすらとしてよく見えないけれど

 確かにそこにある。

 そもそも落語自体がそういうものかも知れない。

 正に幽玄である。

 ただ今も世界のどこかには

 立川流家元 立川談志の刺青が入った黒人がいると思うとニヤニヤしてしまう。

 みなさんも街で黒人を見かけたら

 二の腕を注意して見てください。

 もしかしたら!

7、
 着物のイメージの強い落語家ですが、当たり前のことですが、高座以外では洋服を着て過ごしています。
 大学生時代は、ノームコア(徹底的な普通)ファッションの衣料量販店のお店でアルバイトをしてたりしました
 どんな種類のアルバイトでもよかったんですけど、店舗が最寄りの駅前にあって、諸々の条件も悪くなかったので、このお店でアルバイトすることに決めたんです。
 週刊誌なんかでいろいろ、ブラック企業だなんだと騒がれていましたけど、もし本当にそうだったとしても、まあ話しのネタのひとつにでもなればいいやと、潜入取材感覚でやって見ることにしました。
 働いてみると確かにちょっと休憩時間が短いとか勤務マニュアルが細かいとか、など多少大変なことはあったんですが、それが仕事だろうと思いましたし、特にブラックなこともなく、ゴクゴク平穏にアルバイト生活をすごしていました。
 モノを覚えるのはいい方で、お仕事マニュアルもすぐ覚えて、研修後すぐにフロアに一人で出てどんどん動け、社員さんからは「入ってもらえてよかったよ。すごい助かる。本部に伝えて時給上げてくれるように掛け合ってみるね」と言われるほどでした。
 しかしですね、こんなにマニュアルも覚えられて、週6でシフトに入ってのに、全然バイト先の人たちのことが覚えられないんです。まったく顔と名前が一致しないんです。
 みんな私のをことを気に掛けてくれてちょくちょく声を掛けてくれるので申し訳ないくらいで。
 ここの店舗が特別に大量の人間がいるわけでもいんですが。
 ただ顔も名前も覚えられなくても、ミシン班が足りないと思うまえにもう誰かが裾上げしてるし、レジに人が足りなくても呼ぶ前に誰か入ってるし。もうリーガエスパニョーラFCバルセロナのフォーメーションを観てるようで、名前を呼ぶ必要がないんです。
 休憩時間も和気藹々で、わたしが落語の話しをしても聞いてくれるんです。よく大学で笑い好きなヤツだから大丈夫だと思って落語のマニアックな話しをしだしたらエラく煙たがられ「あーっ、僕は自分としゃべりたい」と思ったものですが、ここではついてきてくれた上会話が弾むんです。そして僕も、はじめて耳にした、見たことも聞いたこともないまったく知識にない
 サンリオのKIRIMIちゃんについて怒濤のごとに会話していたのです。自分と会話するように。
 この頃、友人たちから顔が変わったと言われ出しました。
 店舗ではクツだけは自由なんです。だから当初はそこだけでも個性を出そうと緑地に赤黄色のニューバランスを履いてたんですけど、自分でも気付かない内に白地にロゴも白、高野連もニコニコの高校球児のようなクツを履いていたんです。
 母親から「顔変わったかい?なんか中肉中背になったねえ」と言われました。
 顔が変わったのでも中肉中背になったのでもなく、すべてが店舗のみんなと同じになったのです。
 本部から口が酸っぱくと言っていいくらいうるさく注意されたのは「服の貸し借り禁止」です。
 出勤したら全身、店の服を着るんですけど、自宅で洗って持ってくるの忘れたりしても、他の人から借りちゃダメで、3割引とはいえ買って着なくちゃいけないんです。これは本当厳格でした。
 全国にチェーン店があるから、意外にこんなところが売り上げの大きなパーセンテージを担ってるのかもしれません。
 しかし、みんな同じ身体なので可能な、身体の貸し借りはOKなんです。伝票整理に目を借りて4つの目でチェックしたり、僕の右腕を貸したり、僕の方でも借りて阿修羅ごとく棚卸しをしたり。
 本当にみんな同じでよかった。
 朝礼を横から見たら、個性が、三十三間堂の圧勝でした。