家の鍵を落とした。
　いま「家の鍵を落とした」と書いたけれどそれは嘘で、いや嘘かは分からなくて、家の鍵を落としたかもしれないけれど、落としていないかもしれなくて、確かなのは家の鍵を無くしたということだ。よって、家の鍵を失くした。そして家の鍵を無くもした。
　家の鍵はいま無い状態なので、家の鍵を無くしたわけでもあるけど、この場合家の鍵を取り外した可能性が出てきてしまうので、きちんと説明しておくと、家の鍵穴はついたままで、鍵本体を無くしたわけだ。こう言ってしまうと鍵穴は本体じゃないのか、と穴権団体の方からクレームがくるかもしれないから、お詫びして訂正したい。いや、訂正してお詫びしたい。ちがうな、お詫びして訂正してあらためてお詫びしたい。お詫びとお詫びで訂正を挟みたい。

　とにかく家の鍵がどこかへいってしまった。
　いま「家の鍵がどこかへいってしまった」と書いたけれどそれは嘘で、いや嘘かは分からないけれど、家の鍵が動いてどこかへいったのではなくて、僕が家の鍵を落としてしまい、それをいま僕目線で考えたら家の鍵がどこかへいったとも言えるのだけど、実際は家の鍵は動かないので、いや、動かないかは分からないけど、たぶん動かないので、僕が動かして、その動かした先で落としたのだけど、いや、落としたかどうかはちょっと確かではなくて、とにかく家の鍵を失くした。

　真剣に考えると、たぶん落としたのだと思うけど、置き忘れたのかもしれないし、すられた可能性を否定する術も僕は持ち合わせていない。
　不幸中の幸いとしては、近所のコンビニへ買い物へ行く途中に鍵を無くしたのだけど、その際に鍵をかけずに外出したので、鍵が無くても部屋には入れたことで、なので、コンビニで買ってきたパンを食べて、身支度して、無事に外出できたのだけど、
　不幸中の不幸としては、鍵をかけようとしたら鍵が無いことに気付いたのだけど、待ち合わせの時間が迫っているため、とにかく出かけなければならなくなったことだ。
　部屋にはあまり貴重品はないけれど、貴重でない品も盗まれたらダメージを食らうので、とにかく泥棒に入られないようにしなければと考え、ひとまず留守居をすることにした。
　寝てる時に宅配便が届いた時など、よく居留守を使っているのだけど、留守居を使うのは初めてなのでうまく留守居できているかは心配だけど、もう電車に乗っているからあとは野となれ山となれだ。いや、野や山になられたら暮らしにくそうなので、野にも山にもなって欲しくない。ただ更地になるくらいなら野くらいにはなって欲しい。
　僕は浅はかな人間なので、エアコンをつけてテレビをつけて音楽をかけて電気をつけて水を流したら留守居できると思ったのだけど、すぐに間違っていると気が付けた。エアコンをつけてテレビをつけて音楽をかけて電気をつけて水を流しながら部屋にいる人などいないのだ。だからまずは音楽を消して水を止めて、エアコンとテレビと電気をつけた。これで立派に留守居できただろうと思ったけど、すぐに間違っていると気が付けた。15時過ぎにザッピングせずに一つのチャンネルを見続ける人などいないのだ。どうしようかと考えて、ＤＶＤを見ていることにしようと閃いた。したがって、エアコンをつけて電気をつけてテレビをつけてＤＶＤをつけて、持っているＤＶＤで一番長い愛のむきだしを再生して、これで立派に留守居できただろうと思ったけど、すぐに間違っていると気が付けた。映画を見るときは電気を消すものだ。だから電気を消した。
　これでいいかな、と思ったけど間違いに気が付いた。愛のむきだしはとても面白い映画だから電気を消して見ていると泥棒に気付かれると、電気を消して映画を見ている＝本気で映画鑑賞している。しかもその作品が愛のむきだし＝面白すぎる＝映画の世界にのめり込む＝ちょっとくらい音を立てても気づかれない＝泥棒しやすい、と思われてしまうのだ。確かに留守居はできているかもしれないけれど泥棒されたら意味がないのだ。
　こうなったら逆にピッキングをして鍵をかけようと思ったけれど、うちの鍵は最新式でピッキングやサムターン回しを防げる仕組みになっていたので、逆ピッキングも逆サムターン回しもできなかった。しょうがないから、玄関の鍵は内側からしめて、リビングにある窓から外に出て、ガラスを割って鍵を閉めて、家を出てきた。