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高田先生と水道橋博士さん

ギャラリー工さんで、キウイ師匠とふたり会をさせて頂きました。師匠の兄弟子であるキウイ師匠と”ふたり会”と称した会をやらせて頂くのは不躾かと思ったのですが、主催のギャラリー工・濱田さんとキウイ師匠が「面白いからいいじゃん」とおっしゃってくださったので、乗っからせて頂くことにしました。マイスタンダードに仕上げていきたい「粗粗茶」と、師匠のネタの中でも特に好きなネタの1つである「粗忽だらけ長屋」を自分なりにアレンジしたものを演らせて頂くつもりで会場に向かったのですが、(うちから徒歩5分!)濱田さんに『「狸の恩返しすぎ」を演ってくれないか?』とリクエストして頂いたので想定ネタを変更することになったのでした。

今回呼んで頂くきっかけになったのは、2月にこはる姉さんの会にゲストで出演させて頂いたことでした。滅多にない姉さんとの共演、しかも初めての会場(しかも姉さんのパワーで超満員)だったこともあり、自分にとっての1stシングル、2ndシングルである狸と舌打たずという、乏しい持ちネタの中でも特に自信のある2席をやったので、何とか濱田さんにも喜んで頂けたようでしたが、さて、今回はどうなるか、と思っていたので、1席は狸でOKならずいぶん楽になるなぁ、と思ったのが正直なところです。ほっと一息ついたところで、濱田さんに「今日は高田も来るかもしれないから」と伝えられました。「高田」とは「高田文夫先生」のことです。

立川流の新年会や、家元の追善興行で何度もお会いしているし、もちろんご挨拶もさせて頂いています。またお年玉を頂戴したりもしているにも関わらず、まず認識して頂いていないと自覚もあったし、何より、高田先生=師匠が最初に弟子入り志願された方、という事実は、僕を緊張させるには十分すぎる要因でした。

 

開演前にご挨拶に伺うもやっぱり認識はして頂いていないようで、いよいよ緊張感がピークに達しました。どうしようか、狸は良しとして、自分のやりたい事と一般的な完成度のバランスが一番いい「舌打たず」でいこうか、でも、それじゃあ前回とまったく同じネタになるしなぁ。粗忽長屋か、、でもどうせなら自分ならではのネタを聴いて頂きたい、手動販売機か、、、いや、コントっぽすぎるか、できれば、擬古典を聴いて頂く方がわくわくするなぁ、じゃあ粗粗茶か舌打たずか、、、

 

キウイ師匠が1席目をやってらっしゃる間、とにかく色々考えました。あまりディープな落語好きじゃなさそうだったお客さんの感じだと粗粗茶はウケにくいかなぁと思ったけど、やっぱり自分のアイデアというか”らしさ”を先生に観て頂きたいから粗粗茶をやる事にしました。高座に上がって、ひとまずキウイ師匠とのエピソードをいくつか羅列してみると、意外にも、客席最後方の高田先生が笑ってくださっているように見えました。「演りやすいように気を使ってくださっているんだなぁ」と分かりつつも、嬉しくてホクホクしてしまいました。

で、僕の目が当てにならないのか、粗粗茶に入っても思いのほかお客様が反応してくださったので気持ち良く演じることができました。まだ固まっていなくてグズグズになりやすい最後のくだりは大幅にカットして置きにいったとはいえ、粗粗茶を演れてよかったなぁと思いました。

 

終演後、高田先生の元に伺うと開口一番、狸の演出方法についてアドバイスをして頂けました。今まで考えたことも無かったような大胆な、というかバカバカし過ぎる演出方法だったので、声に出して笑ってしまいました。そのあと、「今のうちに思いつけるだけ思いついとけ」という凄まじいアドバイスも頂戴し、「よし、今のうちに思いつけるだけ思いつこう!」と思いました。

枝雀師匠の話をふって頂いたので、ショート落語の話だとか「いたりきたり」の話だとか、そこから筒井康隆さんや星新一さんの話などを緊張しつつも何とかさせて頂きました。調子に乗って、「苗字が人羅」というネタっぽい話もさせて頂いたところ色々とツッコんで頂いたのはとても感動しました。

 

色々なお話を聞かせて頂きほくほくし続けていた打ち上げの最中、ふと入口を見ると新しいお客さんが店にいらしたようでした。「貸切だから申し訳ないなぁ」と思いつつ店員さんに事情を説明され引き返そうとしておられるそのお客さんの顔を何気なく見ると、水道橋博士さんでした。一瞬で「うわっ!」と思い、横に座っておられた浜先生に「水道橋博士さんがいらしてます」とお伝えすると、浜さんが店の外までお話をされに行き、次の瞬間、水道橋博士さんが店に入って来られました。そして高田先生の前に座られビールを飲み始められた瞬間から、もうお二人の会話に釘付けでした。

坂口恭平さんとお会いした時もそうだったのですが、こちらが一方的に存じ上げてて、しかもファンだからかなり細かい情報まで知っている場合の立ち振る舞いがとても難くて、『「これを知ってます」「これも知ってます」ともうめちゃくちゃにアピールしたい!』けど気持ち悪がられるだろうなぁ、そもそも末席の自分があれこれ話すのは迷惑だしなぁ、と一人で葛藤しつつ、耳は集中しつつ、という脳みそフル回転の時間を過ごすことになるのです。しかも今回の場合、水道橋博士さんは高田先生に対して畏怖?とは違うかもしれないけど最大級の敬意を持って接しておられて、僕は高田先生はもちろんのこと、その水道橋博士さんにも畏怖?に近い敬意を抱いており、

そうなると、高田先生の様子を伺いながら話をふる間合いを計っておられる、水道橋博士さんの様子を伺って少しでもお話させて頂きたいと間合いを計る僕、というもう何が何だかな状況になってしまうのでした。またしても「こんな機会は二度とないかもしれないから」という魔法の思考法で神経を麻痺させ坂口さんの事や、芝浦ブラウザの事、なにより東京腸捻転の事をお話させて頂いたのは最高の思い出になりました。(もう間合いもクソもないカットインに近い話し出しになってしまったけど。)

それこそ藝人春秋の世界をリアルタイムで体感できているような状況に、たまにやたら冷静に「凄いな、いま」と思いつつ、時おりまったく知らないような、ディープな話をされるお二人を打ち上げの終わりまでじっと見ているのだった。

帰り道、「あまりお客様の対応をしなかったなぁ。だめだなぁ」と反省しつつも、再度「こんな機会は二度とないかもしれないから」と麻痺させつつ、ほくほくだけ噛みしめて帰ったのだった。

 

なにより、

打ち上げに合流された直後に、高田先生にお渡しするべく園子温さんとの先日のイベントのDVDやパンフレット、あとTENGAを急きょ手配されて(笑)、その時のエピソードを話ながら「これがそうです」と実物をお渡しされる水道橋博士さんや、

それを一日でチェックして昼のラジオで話してしまう高田先生の瞬発力が凄いのだ。

手元に年鑑があったのにお渡しすることすらできず、ホクホク感と、二次会で飲み過ぎたワインに引っ張られてゴロゴロしながらユーチューブをひたすら見ていた自分とは大違いで、とてつもなく後輩のくせに、先輩よりも動かなくてどうする、置きにいってどうする。

そんな当たり前のことに気付かされた、夢のような一日だった。